中編ではメタ認知やテスト不安(ストレス)についてお話ししました。
後編では具体的な例を挙げながら更に深く説明していきたいと思います。
ITが発達した現代で記憶することがまだ大切なわけ
ワシントン大学のガイドにもありましたが、想起練習で記憶することは、単に暗記以外の効果もあるんだということを見てきました。
現代はITが発達し、記録するものはクラウド上に保存できるし、英語をはじめとした他国の言語も覚えずとも簡単に翻訳できるようになりました。こんなに便利な世の中、「記憶することって必要ないのでは?」と考えたことがある人も多いかと思います。実際に人間の記憶力なんて容量が非常に少ないことに加えて曖昧ですしね。
しかし、「記憶すること」よりも「記憶する行為」をすること自体が人間を人間たらしめている行動の一つだと言われています。
昔のテレビ番組でトリビアの泉というのがありましたが、その冒頭で毎回紹介されていた作家と学者であるアイザック・アシモフの「人間は、無用な知識を得ることで快感を覚えることのできる唯一の動物である」という言葉が正に的を得ていると思います。
ここからは個人的な考察なのですが、すぐに使えるよう記憶しておくことは他にも以下のような効果があるのではないかと考えられるのです。
アイデアの創発、創出
無からポンとアイデアが湧いてくると思っているなら大間違いだと思います。
例えば一時期アプリゲームの頂点をとったパズドラだって、全てが全く新しいものであったわけではないですよね。何かしらの模倣があったはず。
ビジネスもほとんが模倣だと言われ、そこに少しアレンジを加えることでそれが強みになり大きく成長するものでしょう。もっとも、そのアレンジは途方もない努力があるものですが。物語の創作もモチーフはほとんど神話の中に存在すると言われるほどです。
シュンペーターが生み出した「イノベーション」という言葉だって、無から新しいものを創造することをいっているのではなく、全く異質なもの同士を結合することで新しいものを創造していくことをいっていますからね。そもそも広範囲に渡る知識がないと、その結合も起こり得ないのです。
ワーキングメモリの解放
ワーキングメモリというのは短期記憶の中でも超短時間保持される記憶のことで、例えばメモをするために電話番号をきいているときなんかに使われています。パソコンでいえばメモリ、日常でいえば作業台に近い感じですね。記憶を短期でなく長期で保持するということは、すぐに使えるために解剖学的に脳神経が変化することを意味します。脳神経が変化することで信号が瞬時に伝わりやすくなり、つまり記憶から瞬時に取り出しやすくなるんですね。記憶から瞬時に取り出せるということは、「あれ?なんだっけ?」のように悩んで頭を使う必要がないので、ワーキングメモリに余裕を持たせることができると考えています。
実は私はこれを昔よく体験していました。私はピアノを10数年習っていたのですが、難しい曲になればなるほど暗譜(譜面を全部暗記していること)が基本になってきます。暗譜ができないといちいち譜面を読まないといけないのですが、そうなると音の強弱、ペダル、細かい装飾なんかに意識が向けられなくなるんですよね。暗譜が完璧だと余裕をもって全体の音楽性を考えて演奏ができる。こういう利点があったのです。
日常生活の場面でもそうですね。例えば、キッチンでレシピを全然覚えていない人の作業は要領が悪いように見えると思います。自分がそうです。でも慣れてきていちいち思い出さなくても自然に作れるようになると、ワーキングメモリに余裕がでて俯瞰的に状況を考えられるようになりますよね。つまり、こっちで野菜を切りながら、あっちでは鍋に火をかけ、またこちらでは電子レンジで下ごしらえをする、みたいな場面です。
ロジカルシンキングの素材になる
頭の中にすぐに使える知識があるということは、それだけ頭の中で知識同士の結びつきも多くなるということです。それがときに高い論理性をもたらします。日常でも簡単な知識を使ってロジカルに考えているはずです。
今目についたものでいえば、ガス式のエアダスターは可燃性である。シュレッダーなど機密性のある機械への使用は控えるべきだ。なぜなら機械内部にガスがとどまり、電源を入れた時の花火で着火する可能性があるからだ。のようなロジックです。この程度であっても完全に無知であれば提案ができないはずです。
というように検索すればなんでもわかる時代においても、記憶に留めておく利点というのはいまだ存在すると考えられるのです。
たしかにbloom’s taxonomyという教育の目的を段階的に示した分類体系をみると、「暗記」「理解」というのはその最下層にあります。ただそれは重要ではないということではなく、「暗記」「理解」を基盤にしながらより高次の「分析」「評価」そして「創造」に繋げていく必要があるという意味ではないでしょうか。
間隔伸張法は学習に効果あるのか?
間隔伸張法というのは、テストなどの想起練習をする際に、徐々にその間の期間を伸ばしていく方法ですね。1日後→3日後→7日後→2週間後のように。調べてみるとリハビリの場面で使用されると書いてあるのですが、今でもそうなのでしょうか。
このことについて通常の学習場面での効果を調べてくれてるのが
記憶実験
https://psycnet.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2F0278-7393.33.4.704
こちらで、この手の研究で有名なKarpickeさんとRoedigerさんによる実験ですね。この実験では等間隔でテストを受けるのと、どんどん期間を延ばしてテストを受けるのはどっちが有効なんだい?ということを調べてくれています。
結論だけいうと、どうやら等間隔でテストした方が長期記憶には良いのでは?ということと、むしろ最初のテストを少し遅らせた方が良いのでは?という結果になっています。どうしてこういう結果になったのかは私にはメカニズムが分からないのですが、間隔をどんどん広げていく勉強法って自分でやろうとすると管理が非常にめんどくさいのです。
そういえば今日テストするのはなんだっけ?みたいなことに陥りがち。なのでメカニズムがどうであれ、機械的に等間隔でテストをしても良いのかなと思うんであります。その点前に紹介したライトナー式の勉強法は間隔を広げるテストになっていますが、自分の習熟度に合わせて間隔が伸びていくし、管理は割と楽なのでやってみるのも手だと思います。
日本語で背景について詳しく知りたい人は、外国語学習で有名な中田達也先生の考察のリンクを貼っておきますのでそちらをご覧になってください。
中田達也先生 考察リンク
http://hdl.handle.net/10112/16314
中田先生については私は「英単語学習の科学」という本を読んだことがあるのですが、英語ではなく英単語に絞っての学習法の考察をしてくれている本でとても参考になりました。
終わりに
今回は想起練習はシンプルだけどとても大切な戦略である旨を説明してきました。最初は1400文字くらいでまとめようと思っていましたが、前編・中編・後編と長くなってしまってすみません。
後悔したようなこういった学習に関する戦略のことを専門的には学習方略なんて呼ぶことがあります。学習に大切な要素は何か?という研究をみてみると、生徒(私たち)一人一人がきちんと効果がでる学習方略を知っていて活用出来ているということがとても大切なのです。極一部の人達は特に学習方略なんて使わなくても勝手に出来てしまう人もいますが、そういう人達を真似てもあまり良い結果に結びつかないと思います。
例えば教科書なんて一度読めば忘れなくない?みたいな人もいるんですよね世の中には。その人を真似してじゃあ「教科書1回読み」を次のテストで試そうとしても、大抵の人は失敗します。なのでがむしゃらに勉強するのも良いかもしれませんが、少し立ち止まって「勉強の本質ってなんだろう?どんな良い方法があるんだろう?」と考えてみるのも長い勉強人生で大切なことかもしれません。
変化が激しい時代と言われてはや何十年のような気がしますが、今本当に移り変わりが激しいなぁと感じますね。そういう時代に生きているからこそ、世の中に必要な能力、知識を敏感に感じ取り学習し続けていく態度というのはますます大切になります。より良い勉強法も少しずつアップデートされているので、興味をもった方は調べてみると良いかもしれませんね。
聴く力を鍛えたらコミュニケーションが円滑になるという考察(えだブロ3)
COMMENT ON FACEBOOK